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第49回全国大会
テーマ「叡智の実践:リーダーシップの再生」の解題
第49回全国大会実行委員長 中京大学教授 村山元英
 名古屋での愛知万博は、そのテーマの「自然の叡智」を“大衆の知”として、世界を招きこみ成功した。イベントには秘めた哲学がある。だが、まつりが終わってみて心残りが1つある。それは「人間が自然そのものである」ことへの説得力の希薄である。人間が自然の秩序であり、かつ自然のリズムを形にする叡智の実践者であることへの掘り下げが、万博イベントの性質上十分ではなかった。そこで、愛知万博が呼びかけた「自然の叡智」を足がかりにして、そこから実践経営学会が、大学人・経営者、そして、行政担当者や地域指導者として何かできるかを考えてみたい。
大学と会社と行政、そして社会の絆が、リーダーシップのあり方をめぐって、「防衛の文化」と「攻撃の文明」との間に揺れ動く。「叡智の実践」が、制御と促進の人間身体のようでもある。経営の機械化原理と人間化原理の不均衡への答えを、現代日本の指導者たちは、自己の経営思想としてどのように準備してきたのだろうか。
 視点を経営の実践現場に求め、社員・会社・社会とを結ぶ「経営者の叡智」と「学者の叡智」とが、リーダーシップ論をめぐって分離し、かつ融合する過程の研究交流は面白い。その交流成果が次世代の実践的経営の構図と哲学をつくり、学会の社会貢献となることにも意味がある。叡智の定義は、文化の定義と同じように百花繚乱である。それはそれでよしとしても、ただし「人間が自然の叡智だ」とすると、その人間がどのような自然観を自分の叡智とするかが気にかかる。
 個人が変われば、その組織も変わり、その組織が関連する社会も変わる。個人の変革が、組織を変えて、接する外部環境も変える。ビジネス教育の基本原理はこの仮説にある。だとすれば、起点となる個人の自然観、即ち、個人の叡智が先ず問われることになる。自然の叡智が人間の叡智だとする考えかたには、仕事に生きる個人が、己の叡智を日常的に実践しているか、どうかという問題認識を問いかける。そして問いかけられた私どもが、叡智で生き、叡智の実践者かという疑問が生じる。
 暗黙知ともいえる“己の叡智”を確かめて、実践経営のリーダ―シップのあり方を見直し、未来に生き残れるプロの魅力発見をめざす試みが、私どもの提案する本年度の実践経営学会・全国大会の統一テーマ「叡智の実践:リーダーシップの再生」である。
                                                    以  上

第49回全国大会プログラム

     
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